みちのくより愛をこめて 0007

東日本大震災の復興・再生を祈願して東北のニュースや浮世の話題等をお届けしています。

山形市で8月5日、夏を彩る恒例の「第55回 山形花笠まつり」が開催 「ヤッショ、マカショ♪~」

山形市で5日、夏を彩る恒例の「山形花笠まつり

 「ヤッショ、マカショ」の掛け声に合わせ、着物姿の踊り手たちがベニバナを模した花飾り付きの編み笠を両手でくるりと回し、市中心部の大通り約1・2キロ・メートルを進んだ。6、7日も開催される。
 
 今年で55回を数える夏の人気行事。3日間で計約1万4000人の踊り手が参加する。近年は参加者増加による進行の遅れが課題になっており、これまで花笠音頭の1コーラスで約10メートル進んでいたのを、今回から約15メートルにする新ルールを導入。スピードアップが図られた。

初日は紅花の飾りをあしらったかさを手にした54団体、約4800人が華麗な花笠踊りを群舞した。
 七日町大通りの約1.2キロでパレードが繰り広げられ、花笠音頭が流れる中、参加者は「ヤッショー、マカショ」と威勢のいい掛け声を響かせて踊った。
 参加団体の増加を受け、今年の花笠踊りは1コーラス当たりのステップを増やし、高速化を図った。
 パレードは6、7日も午後6時10分に出発し、同9時45分ごろまで実施。主催する県花笠協議会によると3日間で計158団体、約1万4000人が参加する。昨年並みの約100万人の人出を見込む。
 
山形花笠まつり
花笠まつり(はながさまつり)は、スゲ笠に赤い花飾りをつけた花笠を手にし、「花笠音頭」にあわせて街を踊り練りあるく日本の祭である。山形県内など数か所で開催されているが、例年8月に山形市で行なわれる「山形花笠まつり」が広く知られている。戦前から行われている東北三大祭りに戦後から始まり広まった「山形花笠まつり」と「盛岡さんさ踊り」を加えた5つの祭りを東北五大祭りと呼ばれる事もある。

起源
花笠まつりで歌われる「花笠音頭」の起源は諸説あるが、大正中期に尾花沢で土木作業時の調子あわせに歌われた土突き歌が起源といわれており[1]、昭和初期にこれが民謡化され「花笠音頭」(またの名を「花笠踊り唄」といわれる)となった。また、1963年(昭和38年)パレード用に振り付け、蔵王夏祭りとして始める。
また踊りについては、菅で編んだ笠に赤く染めた紙で花飾りをつけたものを景気づけに振ったり回したりしたのが発祥といわれている。
踊りの種類
花笠まつりの振り付けは、山形県内各地域別に約10種類存在していた。
1963年(昭和38年)、それらの振り付けが一本化され「正調花笠踊り -薫風最上川-」が制定された。以降、これが標準的な振り付けとされたが、紅花摘みの作業唄からとったとされる、その楚々とした踊りの動作のため、主に女性が踊り手の中心となった。
1999年(平成11年)、「正調花笠踊り -蔵王山暁光-」が、「薫風最上川」に並ぶ標準振り付けとして制定された。豪快な動作を取り込んでいるところが特徴であり、これにより男性の踊り手の増加に寄与したと言われる。
また、「おばなざわ花笠まつり」で踊られているいわゆる「笠回し」で参加する団体も多い。笠回しには5つの流派がある。

第48回福島わらじまつり 最終日の8月5日迫力の競走や華麗なダンスで県都の夜を熱く盛り上げる。

福島市の夏の風物詩第48回福島わらじまつりは最終日の5日、市内の13号国道で「わらじ競走」や「ダンシングそーだナイト」の2・3部を行い、閉幕した。迫力の競走や華麗なダンスで県都の夜を熱く盛り上げた。


第45回福島わらじまつり


 わらじ競走には小学生、女性、一般の部に合わせて38団体が出場し健脚を競った。全長約5メートル、重さ約100キロのわらじを担ぐ一般の部は3年連続でTeam・Dが優勝した。
 ダンシングそーだナイトには35団体の約1900人が出演した。各グループが趣向を凝らした衣装に身を包み、華やかなダンスを披露した。
 初出演の福島ユナイテッドFCの選手26人はサポーターと一緒に登場。サッカーをイメージしたダンスを交え、躍動感あふれるパフォーマンスで沿道の観衆を沸かせた。
 
福島わらじまつり
福島わらじまつり(ふくしまわらじまつり)は、福島県福島市の夏祭り。日本一の大きいわらじを担ぎ市街地を練り歩く特徴から、福島県を代表する祭りに数えられる。
  長さ12m、重さ2tの大わらじが会場をねり歩き、わらじおどり集団がレゲエ調の平成わらじ音頭に合わせてコース内を華やかに踊ります。引き続いて、ヒップホップ調のダンシングそーだナイトを情熱的にフィナーレまで踊ります。
概要
江戸時代から300年以上の歴史がある信夫三山暁まいりを参考に、1970年(昭和45年)に福島市及び福島商工会議所が市民の健脚を願って始めた夏祭りである。旧正月14日に片方の大わらじを奉納(信夫三山暁まいり)し、8月にもう片方の大わらじを奉納する。8月の祭りが福島わらじまつりである。わらじの大きさでは恐らく日本一の大きさを誇る。東北6大祭りこと東北六魂祭の一つに数えられている。
内容
開催は毎年8月初旬。福島県福島市で2日間行われる。3日間行われる郡山うねめまつりと日程が重なる場合が多い。過去はピーチサンバ、わらじおどり、わらじ競走で構成され、最近は ダンシングそーだナイト、平成わらじ音頭を使ったわらじおどり、わらじ競走で構成される。
わらじおどり(平成わらじ音頭/弁慶と牛若丸にのせて踊るながしおどり)、ダンシングそーだナイト(ダンシングそーだナイト/ワラジーズにのせて踊る)、わらじ競走(小学生の部、女性の部、一般の部がある)の三部から構成されその他隣接区域でイベントを行う。開催翌日にわらじと絵馬はスタッフ有志により信夫山羽黒神社へ奉納され、わらじは暁まいりのわらじと共に鉄塔に下げられて飾られる。絵馬は羽黒神社境内に奉納される。 初日には わらじおどりI部、II部、ダンシングそーだナイトI部を、最終日には わらじ競走(小学生の部、女性の部、一般の部)、ダンシングそーだナイトII部を開催する。成績優秀者には賞金が出る。近年はわらジンガーとよばれるわらじ音頭を歌う唄い手を募集・オーディションし採用している。
ダンシングそーだナイトは勝手連(飛び入り参加)は基本的にないが、好意的に受け入れるチームへの参加は可能。そのほかは当日参加不可。ダンシングそーだナイトの中に携帯電話で参加する携帯投票があり、開催中は携帯電話で参加できるシステムがとられた時代があった。この投票で選ばれたチームに わらじストリート賞(賞金1万円)が贈られていた。 3部門では賞金各20万円が用意される。
2008年からは祭の翌日に山車フェスティバルと称し10月の連山車で使われる山車の練り歩きが行われる。(ただしこれは稲荷神社の神事であり、羽黒神社の神事であるわらじまつりと続けて開催することに抵抗がある市民は少なくない)山車フェスティバルは福島市の市政100周年イベントから開始されたもの。
旧正月14日 片方の大わらじ奉納。信夫三山暁詣り大わらじ奉納。信夫三山暁まいり。
8月第1金曜日、土曜日 残りのわらじを奉納。 福島わらじまつり

ダンシングそーだナイト
かつての「ピーチサンバ」を発展的に解消させたイベントで、両日開催。 「わらじ音頭」をラップ風にリメイクした曲で、振り付けは任意。 こちらの参加団体以外の一般参加は原則禁止。一時期携帯審査を行った時期があったが、2007年以降は行われていない。 最終日のⅡ部のみ距離が長くなる。
わらじ競争
小学生・女性は大きなわらじ型押し車、一般は山車を引いてタイムを競う。 予選は2チーム対抗で行われ、先に金銀のわらじを取ったほうが勝利。 一般は上位で決勝戦が行われる。
テーマソング
昭和45年制作「わらじ音頭」(詞:茂木宏哉・補詞丘灯至夫、曲:古関裕而、歌:舟木一夫
平成11年制作「ダンシングそーだないと」(原詞:茂木宏哉・丘灯至夫、原曲:古関裕而、編曲:明石隼汰、ラップ:明石隼汰・Brian Peck、歌:ワラジーズ)
進行
福島市に本社のある民間放送3社(福島テレビテレビユー福島ラジオ福島)のアナウンサーが進行を行う。 なお、テレビカメラで祭りの様子を撮影しているが、放送に使われるのは当日のニュース映像だけで、あとは記録用に保存される。一般公開はされないが、後日写真コンテストや写真展が行われている。
運営
運営は、福島わらじまつり実行委員会(福島商工会議所青年部・福島青年会議所福島市商店街連合会青年部)が3団体合同で行っている。
おまつり広場
会場脇の「まちなか広場」で行われるイベントブース。 ストリートミュージシャンのライブや福島大学の学生のコーナー、ダンシングそーだないとの編曲者明石隼汰のライブなどが行われている。

「地産地楽FESTA2017」で福島県産品の魅力を地元パフォーマーと生産者&ふくしまボンガーズらがPR

生産者ら福島県産品の魅力発信 ふくしまボンガーズが企画
 福島県産品の魅力を地元パフォーマーと生産者らがPRする「地産地楽FESTA2017」は30日、福島市の福島テルサで開かれ、菓子や県産農産物の魅力を発信した。
 
 よしもとクリエイティブ・エージェンシーの主催、福島民報社などの後援。県産品の風評払拭(ふっしょく)を目的に、市内を拠点に活動するお笑いエンターテインメント集団「ふくしまボンガーズ」が企画した。
 
 ボンガーズメンバーのお笑いステージをはじめ、大道芸や県内を拠点とするアーティストのライブ、出演者と酪王乳業(郡山市)、バウムクーヘンを製造・販売するバウムラボ樹楽里(福島市)などの関係者によるトークを繰り広げ、約350人の来場者を楽しませた。福島民報社の馬場憲明取締役販売局長が登壇し、福島民報の創刊125周年をアピールした。
 
 来場者には福島民報の試読紙として、同日付の朝刊を配布した。
樹楽里のライスバウムは、小麦を一切使用しないグルテンフリーのバウムクーヘン米粉ならではのしっとり&ふわふわな食感をお楽しみいただけます。
 
 
★ふくしまボンガーズは、福島県を中心に活動しているお笑いタレント集団、ローカルタレント。かつては、みちのくボンカーズと言う名前だった。
概要
吉本興業のお笑い芸人養成所「東京NSC」の8期卒業生を中心とし、2002年(平成14年)に芝居一座「★☆☆弁当座」として結成。三浦半島明治村での地方巡業を経て、2004年(平成16年)から1年間、福島県福島市飯坂温泉を活性化するべく設立された芝居小屋「飯坂温泉吉本はり紙昭和館」にて芝居やコントなどを公演する。
当時の所属事務所吉本興業からは芸人の地方派遣を辞めたため戻るように言われたが、2008年1月独立。独立後は、みちのくボンカーズだったが、のちにふくしまボンカーズに改名。現在では、福島県内を中心にお笑いライブや出張ライブを展開するほか、地元テレビ局・ラジオ局のローカル番組に出演するなど幅広く活動。
◆メンバー
パチッコリン
ムッシュ・サイトー(旧芸名・才当ホーシ)
フジナッツ健(旧芸名・藤吉藤吉郎)
柴犬
しなだマン(旧芸名・しなだかずたか)
おかちゃん
メリード
天竺一(旧芸名・清水はじめ→四三二一)
萌ちゃん※天竺の妻。夫婦漫才でコンビを組んでいるが、サポートメンバーという形をとっており正式メンバーではない。
・元メンバー
高野雄次(弁当座時代のメンバー 就職のため2007年8月に脱退)
マーゴン(弁当座時代のメンバー 2008年1月に脱退 茨城に活動を移す)
横山由美子(結婚のため2010年3月で引退)
水野圭悟(2013年1月体調不良で引退。現在も福島に住みながら農業を行っている)
神道裕(2015年3月で引退。現在は愛知の実家で家業を引き継いでいる)
母心(ムッシュ・サイトー・フジナッツ健・天竺一・しなだマン・おかちゃんが所属事務所だったオフィスまめかなを2016年3月3日付けで離れたため、ボンガーズを脱退)
嶋川武秀(旧芸名・嶋川最終回 通称:オカン)
関あつし
・出演
テレビ
現在
『ゴジてれ Chu !』(福島中央テレビ
過去
『イケノダイ Hi4』(福島中央テレビ
『ゴジてれシャトル』(福島中央テレビ
『玉ちゃん×長谷川のなるほど競艇団』(福島テレビ
ラジオ[編集]
『かっとびワイド 気分上々カガちゃん一座』(ラジオ福島
『新感覚ラジオバラエティ〜ボンガーズの園〜ボンガーデン』(ラジオ福島
『みちのくボンガーズのお時間少々いただきます。』(FM POCO)
『みちのくボンガーズのボンバラ』(FM Mot.com)

JR東日本が常磐線の竜田―富岡間(6.9キロ)の運行を10月21日に再開すると発表

JR東日本常磐線の竜田―富岡間(6.9キロ)の運行を10月21日に再開すると発表
 
JR東日本は19日、東日本大震災東京電力福島第1原発事故の影響で運転を見合わせている常磐線の竜田―富岡間(6.9キロ)の運行を10月21日に再開すると発表した。
 
 9月14日から試運転を行い、各設備の動作などを確認する。常磐線で残る不通区間は富岡―浪江間(20.8キロ)のみとなり、JRは2019年度末までに再開させる方針だ。

 水戸支社によると、運行するのは普通列車上下各11本で、運行時刻は9月20日に発表予定。

 富岡―浪江間については、竜田―富岡間の再開に合わせ代行バスを1日4本から11本に増便し乗客の利便性を向上させる。復旧事業費は約40億円。
 
JR常磐線竜田―富岡駅間の運行再開が10月21日に決まり、富岡町の宮本皓一町長は「町の復興、再生に弾みがつき、帰還を検討している町民にとって大きな判断材料の一つになる。JRには引き続き、常磐線全線開通の早期実現に向けた努力を願う」と期待した。
 楢葉町の松本幸英町長は「富岡町の復興を後押しすることになる。楢葉町の住民にとっても利便性の向上につながる。大いに歓迎している」と述べた。
 
常磐線
常磐線(じょうばんせん)は、東京都荒川区の日暮里駅から千葉県北西部、茨城県福島県の太平洋側を経由して宮城県岩沼市岩沼駅までを結ぶ東日本旅客鉄道JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。 "本線"を名乗らないJR線の中では、最も長い路線である。
列車運行上の常磐線は、東海道本線の品川駅 - 東京駅間および東北本線の東京駅 - 上野駅 - 日暮里駅間、同線の岩沼駅 - 仙台駅間を含めた、東京都港区の品川駅から宮城県仙台市青葉区の仙台駅までである。
 
路線距離 343.7 km(日暮里 - 岩沼間)
 
東京から仙台までを、水戸・いわき・相馬など太平洋沿岸地域を経由して結ぶ路線である。首都圏と沿線各都市を結ぶ特急列車や、日本貨物鉄道JR貨物)による貨物列車も運行されている。また首都圏側では東京への通勤輸送の役割も担う。綾瀬駅 - 取手駅間は急行線(快速線)と緩行線の線路別複々線となっており、緩急分離運転を実施している。
 
全線が電化されているが、茨城県石岡市柿岡にある「気象庁地磁気観測所」の観測に影響を及ぼすため、上野駅から取手駅までは直流、藤代駅より北はすべて交流でそれぞれ電化され、取手駅藤代駅の間にデッドセクションが設けられている。
 
2011年に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)による被害と、それに起因した福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域(事故発生当初は警戒区域)設定のため、2017年4月1日現在竜田駅 - 浪江駅間が運行休止となっており、竜田駅 - 富岡駅・浪江駅・原ノ町駅間で列車代行バスが運行されている。
 
 
◆名称の由来
名称については、令制国常陸(ひたち)と磐城(いわき)の頭文字を合わせたものである(常磐自動車道も同様)。なお、磐城国は明治令制国戊辰戦争後の令制国)である。
 
この経緯に由来して、茨城県福島県浜通りの県境に当たる勿来近辺(北茨城市からいわき市の南半分)は「常磐地区」と呼ばれることもあり、1954年から1966年のいわき市成立までは、湯本温泉周辺を中心とする常磐市(じょうばんし)が存在していた。また、水戸市では常磐町・常磐大学常磐神社といった、同じ字で「ときわ」と読む地名や施設なども存在する。
 
「ときわ」は、常磐線でもかつて急行列車の愛称として使用され、特急「ひたち」への統一後も茨城県北部から福島県浜通りの沿線の観光キャンペーンや茨城県内に有効なフリーきっぷの名称として「ときわ路」が使用されている。なお、列車愛称の「ときわ」は2015年3月14日のダイヤ改正で特急列車として復活したが、大半は以前の急行同様茨城県内発着の列車となる。
 
常磐線旧国名と駅の関係は次の通りである。
常陸茨城県佐貫駅 - 同・大津港駅 (133.2km)
磐城:福島県勿来駅 - 宮城県・逢隈駅 (154.6km)

山形日本一さくらんぼ祭りり2017は6月17日18日開催予定

山形日本一さくらんぼ祭りり2017
日本一さくらんぼ祭りは、さくらんぼ生産量日本一の山形県の魅力がたっぷり詰まった祭りです。お子さんも楽しめるイベントがたくさんありますので、家族で初夏の思い出を作ってはいかがでしょうか。
 
2012年より開催された比較的新しいお祭りですので歴史は浅いですが、さくらんぼの魅力を日本で一番堪能できるイベントとあって、毎年大勢の人出で賑わいをみせます。


第5回日本一さくらんぼ祭り(2016年6月18日・19日開催)


なお、6月と言えども山形県は盆地で少し暑いので、帽子を被ったりして熱中症にならないように事前に準備をしましょう。
 
山形日本一さくらんぼ祭りり2017
日時平成29年6月
17日(土) 午前10時から午後5時
18日(日) 午前10時から午後4時
会場
17日(土) 文翔館前、歩行者天国会場(東北電力前からやまぎんホール前)
18日(日) 文翔館前、歩行者天国会場(山形銀行本店からやまぎんホール前)
 
◆祭りコンセプト
すこだまつながる、山形。
(すこだま=山形弁で「すごいたくさん」の意味。)

基本コンセプト
日本一さくらんぼ祭りを通して、お祭り参加者と地元商店街、観光客と果樹園等の産地、若者と子ども・お年寄りなど、様々な人がつながることで、山形から“元気”を発信していきます。
 
 祭りの趣旨をもとに、つながり合うさくらんぼをシンボルに据え、人々の絆や 関わり・山形のやさしさや温かさを伝えることを心がけました。赤い実は、「さくらんぼの2つの実」と「寄り添う人々」を表し、祭りのコン セプトである「つながり」を意識させる構成を目指しました。寄り添う人々は、親子、家 族、恋人、友人、県内と県外の人々などをイメージしています。
 
◆毎年多くの方に好評いただいているイベントが流しさくらんぼです。
流しそうめんさくらんぼバージョンです。
しかし、そんじょそこいらの流しそうめんと一緒にしないでください。
なんと全長30m以上というサプライズ驚きが待っています!
さくらんぼが流れていく様は、夏の暑さを吹き飛ばす爽快感がありますので、さくらんぼ祭りに参加されるなら、ぜひ流しさくらんぼを体験してみましょう。
 
※山形は美人の宝庫です。
さあ山形の別嬪さんに会いに行こう。
 
 

会津若松医師会付属会津准看護高等専修学校と医師会館の落成記念式典祝賀会が5月28日に行われた

会津若松医師会付属会津准看護高等専修学校と医師会館の落成記念式典祝賀会は28日、会津若松市会津若松ワシントンホテルで開かれ、関係者が新校舎の完成を祝った。
 約90人が出席し、加藤道義会津若松医師会長が「先輩方が築いた地域医療の確保や看護教育への思いを受け継ぎ、地域に貢献できる人材を育成したい」とあいさつした。菅家俊彦県医療人材対策室長、高谷雄三県医師会長、菅家一郎衆院議員、室井照平市長が祝辞を述べた。加藤会長が新校舎の建設に携わった事業所の代表者らに感謝状を贈った。
 佐藤隆会津准看護高等専修学校長の発声で乾杯した。東山芸妓(げいこ)の祝舞もあった。
 同校は校舎の老朽化に伴い、4月に市内の山鹿町からインター西に移転新築した。鉄骨二階建てで、医師会館も入っている。28日は祝賀会に先立ち、現地で内覧会が開かれた。

会津若松医師会付属会津准看護高等専修学校
教育理念
教育目的
  本校は、看護に関する必要な基礎知識及び技術を習得させ社会に貢献し得る准看護師を育成することを目的とします。
教育目標
適切な看護を実践できるための、基礎的な知識・技術を習得させます。
人の心を察することができるような豊かな感性を育みます。
自ら成長向上していこうとする学習態度を養います。
 
 

■学校沿革
 
1931年(昭和6年)
医師会館・看護婦養成施設の建設着工。
1932年(昭和7年)
5月5日医師会館・看護婦養成施設落成。この日を開校記念日とした。
1933年(昭和8年)
第1回卒業生(別科生1年課程43人)これは産婆科であり、昭和24年まで計446人となる。
1938年(昭和13年)
本科生2年課程12人を送り出す。 その後看護科として昭和26年まで計313人を数えた。
1952年(昭和27年)
7月7日 会津准看護養成所として福島県より認可。     学校番号8557号
1967年(昭和42年)
9月 1日 会津看護学院と改称。現医師会館落成。
1971年(昭和46年)
3月 31日 会津看護学院で各種学校として福島県知事認可。
1981年(昭和56年)
2月 28日 専修学校として福島県知事認可。以降、この日を開校記念日とする
 
4月 1日 会津若松医師会附属会津准看護高等専修学校と校名変更。
2013年(平成25年)
3月4日 会津准看護高等専修学校の准看護学科としてこれまでに1,542人の准看護師を送り出す。産婆学校から数えると、実に2,301人の卒業生となる。
2014年(平成26年
4月1日 医師会が社団法人から公益社団法人に移行し、 公益社団法人会津若松医師会附属会津准看護高等専修学校として現在に至る。
2017年(平成29年)
4月 会津若松市インター西33-5 学校を新築移転
 
 
 
 

山形県がラーメンを最も愛する県で全国一位!4年連続で

 
「日本で一番ラーメンが好きなのは山形県
山形県が国の家計調査の品目別支出額を基にまとめた消費ランキングで、山形市の1世帯(2人以上)当たりの中華そば(外食)支出額は年間1万5622円で、4年連続で全国トップだったことが分かった。
 
 県統計企画課によると、支出額は2016年まで直近3年間の単年平均。全国平均は5929円で山形市の半分にも及ばない。2位の新潟市(1万1900円)との差も約4000円に上り、山形市民のただならぬラーメン愛を裏付けた。
 
 山形市の中華そば(外食)の支出額は04年発表分から9年連続で1位。13年発表分は福島市がトップになったが、14年発表分から再び1位の座を守っている。
 
 山形市では、来客をもてなすために出前でラーメンを取る文化が根付いているほか、名物となっている「冷やしラーメン」のおかげで、夏場も消費が落ち込まないことなどが影響しているとみられる。
 
 山形市はこのほか、郷土料理「芋煮」の材料に欠かせないサトイモ、こんにゃく、しょうゆも1位だった。
 ランキングは、全国の都道府県庁所在地と政令指定都市の計52市を対象にしている。


山形県で一番おいしい中華そばを提供する店!? (友人評価w)


◆山形ラーメンといえば何ラーメン
山形のご当地ラーメンとして「辛味噌ラーメン」と答える人が多いことでしょう。
辛味噌ラーメンは、煮干しなどの魚介類がきいた白味噌のスープに、もっちりとした太麺、そして唐辛子やにんにくなどが入った赤い「辛味噌」を好みによってとかして食べるというものです。
 
◆ラーメン店が多い
2012年のタウンページには23,257件ラーメン店が登録されていますが、山形県は人口10万人当たりのラーメン店件数が36.52件でやっぱりダントツの第1位。
 
更に、山形のラーメンを考える上で、最も特徴的な事としてあげられるのは、なんと言っても「そば屋でラーメン(中華そば)を出す」という事でしょう。
通常では、そば屋さんには「生そば・日本そば」しか無いのが普通であり、あってもうどんとかきしめんというのです。
 
山形の場合、そば屋さんや近くの食堂のメニューに必ずあるのが「中華そば」で、それが当たり前なのです。
 
山形県人は人が来ると店屋物をとってごちそうしたり、あるいは仕事中会社に出前を頼んだりする時にはそば屋さんとか近くの食堂に中華そばを注文することがあります。

山形県人はおもてなしに中華そば、仕事の合間に中華そば、おじいちゃんやおばあちゃんちに遊びに行って中華そばと、非常に多く「中華そば」を食べております。
醤油ベースのスープに細〜中太麺、具はチャーシューにメンマ、なると、ネギという、特徴はどこと聞かれるとちょっと他との違いを明確にするのが難しいこの昔ながらの中華そばこそが、山形ラーメンと言えるのではないでしょうか。

viva・ビバ・ラーメン。イン山形~。
 

山形県(やまがたけん)は、日本の東北地方南西部の県。日本海に面する。県庁所在地は山形市
面積 9,325.15km²
(境界未定部分あり)
総人口 1,105,057人
(推計人口、2017年4月1日)
人口密度 119人/km²
隣接都道府県 宮城県秋田県福島県新潟県
県の木 サクランボ
県の花 ベニバナ
県の鳥 オシドリ
他のシンボル県の魚:サクラマス/県の獣:カモシカ/県民の歌:最上川
自治体
県下には、以下の13市8郡19町3村がある。町は「まち」(河北町では「ちょう」)、村は「むら」と呼んでいる。
県内の代表的な方言 村山弁/置賜弁/庄内弁/新庄弁
 
◆麺文化
山形県は全国でも有数の麺類、特にラーメンの消費地として知られている。これは、県内では終戦直後辺りから来客へのもてなしや外食の際によく食されていたのがラーメンだった名残である。「米沢ラーメン」や「酒田ラーメン」などが知 られている。近年では山形の厳しい夏場の気候から生まれた「冷やしラーメン」が新たな山形の郷土料理として有名になりつつある。また、ラーメンに次いで消費される麺類として蕎麦が挙げられる。これは、県内の激しい寒暖の差を利用して古来から蕎麦粉が盛んに作られてきたからである。昔から「板そば」が有名で、近年になって徐々に知名度を上げつつあるのが、大正時代に河北町で生まれた「冷たい肉そば」である。

◆祭事・催事
上杉雪灯篭まつり(2月の第2土曜日、日曜日) - 米沢市
人間将棋(4月) - 天童市
米沢上杉まつり(4月29日 - 5月3日) - 米沢市
花笠まつり(8月) - 山形市尾花沢市
新庄まつり(8月24日 - 8月26日) - 新庄市
芋煮会 - 山形県各地
 
◆名所・旧跡・観光スポット
羽黒山五重塔羽黒山のスギ並木(国宝及び国の特別天然記念物) - 鶴岡市
致道館(国の史跡) - 鶴岡市
酒井氏庭園(国の名勝) - 鶴岡市
松ヶ岡開墾場(国の史跡) - 鶴岡市
山居倉庫 - 酒田市
本間家旧本邸(『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』二つ星) - 酒田市
城輪柵跡(国の史跡) - 酒田市
最上川の流通・往来及び左沢町場の景観(国の重要文化的景観) - 大江町
稲荷森古墳(国の史跡) - 南陽市
銀山温泉国民保養温泉地) - 尾花沢市
上杉神社・上杉家廟所 - 米沢市
立石寺(国の史跡・名勝:通称山寺) - 山形市
注連寺(『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』二つ星) - 鶴岡市
慈恩寺(国の史跡) - 寒河江市
最上川舟下り(三難所・最上峡など) - 村山市戸沢村庄内町
山形城(国の史跡・名勝) - 山形市
 
山形県を舞台とした作品
●映画
たそがれ清兵衛
隠し剣 鬼の爪
蝉しぐれ
武士の一分
山桜
小川の辺
●ドラマ
いちばん星 (1977年、NHK) - 天童市出身の歌手佐藤千夜子をモデルに描かれている。撮影舞台も天童市
十字路 (1978年、NHK
おしん (1983年、NHK) - 酒田市おしんの奉公先となっているほか、大江町や中山町も舞台になっている
西部警察 PART-III 「走る炎!! 酒田大追跡-山形篇-」「誘拐! 山形・蔵王ルート-山形篇-」(1983年、ANB) - それぞれ酒田市上山市が舞台
独眼竜政宗 (1987年、NHK) - 伊達政宗は米沢城で誕生。ドラマの中盤までは置賜地方が舞台となる。そのほか、叔父・最上義光の山形城も頻繁に登場する。
天地人 (2009年、NHK) - 直江兼続とその主君・上杉景勝関ヶ原の戦いの後に米沢城へ入城。米沢藩の礎を築く。兼続と最上義光が戦った長谷堂城の戦いは山形市本沢が舞台。
勇者ヨシヒコと導かれし七人(2016年、テレビ東京系)